2012年08月24日

西遊草の旅 踏査・検証ー2

image_kyokucho2s.gif初日は暑さにやられた。
足の方はなんとも無かったのだが昨日は木陰が無かったこともあり、あの暑さにしてやられた。

”行衛と早人の家人に見送られ湯田川を出立した”と西遊草にはあるが、この行衛とは現大黒屋旅館(今は営業はしていない)、早人は隼人旅館を指している。
大黒屋さんに取材を試みるも出かけているらしく留守だったが、我々は隼人旅館の皆さんに見送って貰い、今日から旅に合流した会員の高橋茂さんを加え、湯田川を後にして温泉の外れに位置する熊野神社に安全祈願を詣でる。
今日も暑くなりそうだ。
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いきなり1kmも続く急坂(大日坂)の登りに入ると、流れるように汗が噴き出す。
一気に300m位は登っただろうか、人工林の杉林に加えサワグルミの巨木が目立つ。
登ったあとは当然下りに入るのだが下からはフィトンチッド一杯の涼風が吹き上げてきて登りの疲れも吹き飛んでしまう。
冬に使うのだろうか杉の間伐材がストーブにくべるちょうどの大きさに伐られ、まるで現代アートのように道路脇に綺麗に積まれていた。

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田川の町を抜け千仏洞窟、梅林寺を見学、この千仏洞窟に登る階段は苔で足元が滑り、手すりがなかったら登れる階段ではない。
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数十段の階段をやっとのおもいで上りきると大きな岩をくり抜いた洞窟があり、中には10cm位の大きさの石仏がろうそくの炎に揺らいで見えた。清河八郎もここで旅の安全祈願でもしたのだろうか。
国道345号線をひたすら鬼坂峠を目指し歩き続ける。木陰もなく汗が滝のように流れ落ちる。
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国道からそれ坂野下集落に向かう途中「中野の梅」と書いた看板と梅の木に出会う。
約900年前八幡太郎義家の時代まで遡る。庄内地方に梅が移入されたのはこの頃であると伝えていた。
いよいよ今回の旅のハイライトというか難所の鬼坂峠に入る。
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登りの道は整備されていて直登だが歩きやすかった。安政二年のころはどうだったのだろうか、40歳の母はこの坂をどうやって登ったのだろうか、出来ることなら聞いて見たいものだ。2kmほど登ったろうかやっとのことで頂上にたどり着く。
鬼坂峠の地蔵堂が10段ほど登ったところに鳥居があり、その奥に地蔵堂跡地を示す碑があった。
本来ならばこのあたりに2軒の茶店があったのだがその面影は到底想像出来ない。

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ここからの下りはそれこそアドベンチャーものでクマザサやミズ、クズのツルが生い茂り太めの杉の枝で払いながらおりるのだが、途中崖崩れでコナラの樹木が3ほど根こそぎ倒れ、その間を抜けるのに一苦労させられた。

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1kmほど下ったところに「ロッジ佐藤」が現れ道に迷わず降りてこれたことにホッとする。
我々の声にロッジの奥さんと旦那さんが迎えてくれて、手作りのシソの葉ジュースを頂くことが出来た。
ちょっと酸味のあるジュースの旨さったらなかった。生き返るということはこういうことを言うのかも知れない。
ちょうどこのころ山形新聞の伊藤さん、カメラマンの色摩さんは携帯が繋がらないことで”すわっ遭難?”と思ったらしく携帯の繋がる国道を行ったり来たりしていたらしい。
このあとにに控える楠峠(通称:フンナ坂)は距離も高さもあったが舗装された道で鬼坂峠に比べればどうということはなかった。

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小国集落まで車で移動し、まち並を見るだけにとどめ今日の宿である鼠ヶ関(ねずがせき)「民宿丸武」に向かった。
総距離約30km、良く歩いた。
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民宿丸武さんは昔トライスロンで訪れていたころ世話になったところで、ここでの夕食は超・超抜群でとにかく大笑いするしかなかった。

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2012年08月22日

西遊草の旅 踏査・検証ー1

image_kyokucho2s.gif<プロローグ>
”西遊草”とは、幕末の志士:清河八郎(山形県庄内の郷士、当時25歳)が、母亀代(当時40歳)の老後の楽しみと弟や妹の旅の栞になればとの思いで、今から157年前の安政二年(1855年)伊勢参りをしたときに書いた旅日記で、生家のある山形県庄内町清川から余目、藤島、鶴岡、湯田川温泉、温海から新潟県に入り、長野善光寺、伊勢、奈良、京都、大阪、広島、高松(金比羅)、厳島、岩国(錦帯橋)、岡山(備前)、鞆の浦、京都、天橋立、三井寺、江戸、日光、米沢、尾花沢、清水を通り、舟で生家の清川まで約半年の旅である。
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<初日:8月15日(水)>
am9:30湯田川温泉隼人旅館の庄司さん、佐野さん、矢口の他、同行取材をしてくれることになった山形新聞鶴岡支社長の伊藤さん、カメラマンの色摩さんと合流、清河神社に旅の安全祈願をして山形路の庄内側ルート約75kmの踏査・検証に出発した。清河神社では宮司の正木さんが、また生家跡の駐車場ではお祭りの準備に忙しい清河八郎顕彰会のメンバーに見送りをして頂いた。
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10:00生家をスタートしてまずは田谷村(現庄内町田谷)を目指す。途中、背中に掲げた「清河八郎西遊草踏査・検証の旅」の旗を見た方が声小を掛けてくれたので立ち話をしてみると何と清河八郎家に連なる親戚の方で名前はKさんと言った。齋藤家が遺した遺品があるので見せて頂くことになった。こういう人との出会いこそ旅の醍醐味である。
西遊草には田谷村の”渡部作右衛門と一杯をかたむく”としたためてあったので取材を試みる。
渡部氏とは、長谷川家(現山形銀行に連なる)、言わずと知れた本間家と並び称された富豪で羽黒山に植えられた約1,000本の田谷杉(樹齢200年)は渡部氏の寄進だったとか・・・

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田谷を後にして鶴岡市内にある八郎の母の姉(政)の生家を訪ねる。
末裔は現在三井病院を経営する方でお話を聞くことが出来たが、八郎につながるものは見いだせなかった。しかし今に続く名家で蔵座敷なるものを見せて頂いた。柱、梁は全てケヤキでその太さには圧倒された。
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また”三井きよの”さんが書いた道中日記の貴重な原本も見せて頂いた。
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初日の踏査・検証は思いがけない成果をあげることが出来た。
八郎は母の実家に宿を取ったが我々は湯田川温泉の隼人旅館にお世話になった。
清川から湯田川までの距離約33km、明日はいよいよ鬼坂峠超えとなる。
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2012年08月07日

回天の道・月山山麓アドベンチャーラン大会参加者募集!

20121013chirasi.jpg山形県の北西部、酒田市と鶴岡市に挟まれ、最上川の河口近くに庄内町があります。
この地は源義経、松尾芭蕉も立ち寄ったところとして知られており、幕末の志士清河八郎の生家もあります。霊峰月山より流れ出る清流立谷沢川、最上川は風光明媚なところです。

庄内町(清川)が生んだ明治維新の魁:清河八郎は、風雲急を告げる幕末の動きに目覚め、故郷清川を出奔する決意を固め、1847(弘化4)年5月、数え18歳にして江戸へと旅立ちました。

元気・まちネットでは、この道を「回天の道」と名付け山形路180kmを踏査・検証を行いました。山伏峠までの古道は地元の皆さんの協力で発掘・整備され、2010年からは回天の道文学散歩を企画・実施しています。

今年、その古道を活用して、東北では初の山岳アドベンチャーラン大会を企画・実施することになりました。

清河八郎は18歳のとき、一日で約60〜70kmも歩き江戸へ向かいました。
また、江戸では当時の最高学府に学び、北辰一刀流千葉周作道場で免許皆伝を取得、25歳にして文武指南の清河塾を開きました。
文武両道、まさに現代でいうところのスーパーアスリートだったのです。

さあ!幕末の志士:清河八郎に想いを馳せ、体力・気力・知力を駆使し、この山道を含む立谷沢一帯をアドベンチャーしましょう!!

■ 開催期日:平成24年10月13日(土)
■ 開催時間:午前9時30分受付開始、競技スタート11時
■ 申し込み締め切り:平成24年9月20日(木)

■ 申し込み、問い合わせ先:清河八郎記念館
  住所:山形県東田川郡庄内町清川字花崎37番地
  電話:0234−57−2104(FAX兼用)
  E―mail:
komasa@jan.ne.jp
■ メールで問い合わせの際はファイル添付はしないでください。件名に「回天の道について」と表記お願いします。

※ 親子の部門は距離約7km、標高差は約177mあります。
※ 個人、駅伝部門は距離約25.7km標高差は約310mあります。
※ 清河八郎や庄内町に関するクイズの回答も時間に影響する大会です。
  申し込み頂いた後にお送りする資料から出題されます。

▼ 大会の要項はちらしを参考にしてください。お問い合わせ頂ければ詳しい資料をお送りします。ご参加をお待ちしております。

pdficon_large.gif 大会ちらし

詳細は、清河八郎顕彰会のブログをご覧ください。

タグ:お知らせ
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2012年07月09日

4日間の山形出張 そのA

【7/6(金)13:00〜17:00】
新庄駅で佐野さんと合流、回天の道アドベンチャーラン第二回目の打ち合わせはコースの下見、距離約25km、標高差300m、かなり厳しいコース設定となった。最高のロケーションである。

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地元スタッフ10人はすべてオジ達・・・やる気満々で開催が楽しくなって来た。頑張れおじさん!!
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夜は新庄に戻り久しぶりに高校の同級生、また小学校の元校長先生と会い記憶喪失になるほどしたたかに飲んだ。二人とも今回のシンポジウムの良き理解者で開催までにずいぶんと骨を折ってくれた。

タグ:活動記録
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2012年06月11日

清河八郎顕彰会のブログに、「回天の道/文学散歩の旅」のレポートがアップされました。

20120526-27_kenshokai.jpg清河八郎顕彰会のブログに、
6/26~27に開催した「回天の道/文学散歩の旅」のレポートが
きれいな写真とともにアップされました。
どうぞご覧ください。

 
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2012年06月03日

回天の道:文学散歩の旅

清河八郎が江戸を目指した「回天の道」を観光に生かそうと、山形県内の関係市町や団体が連携して今年、4つの旅を計画しています。(山形新聞2012/05/20)
第一弾は5/26(土)-27(日)、清河八郎の生家のある庄内町清川をスタートしました。

以下、クマジィさんからのレポートです。(掲示板より転載)

image_kyokucho2s.gif「清河八郎・回天の道文学散歩の旅」も今年で3回(年)目を迎えた。
過去2回と違うところは”広域連携”して実施することなったことである。

幕末の風雲児・清河八郎は180年前、向学心に燃えて生家のある清川村から六十里越街道を超え、山形〜上山楢下宿を抜け江戸へ向かった。
この山形路約150kmを7つの市町が広域連携して”歴史街道の旅”として実施することに・・・
第一ステージから第四ステージまで一泊二日の旅企画で実施される。

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第一ステージは、生家と菩提寺のある清川から山伏峠を超え、玉川寺を見学、そして清河八郎ゆかりの地湯田川温泉に泊まり、翌日は鶴岡市内にある藤沢周平記念館の見学までとした。東京や県内から16名の参加があり、まず清河八郎とその妻お蓮さんの菩提寺”歓喜寺”に赴き、住職から説明を受けたあと、新緑まばゆい山伏峠を歩いた。

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藤沢周平著「回天の門」には、清河八郎が出奔(家出)して山伏峠を越えるまで詳しく書かれている。2009年、藪で消えたこの古道を同行取材してくれた山形新聞社さんと発見することができ、さらに地元の皆さんに協力してもらい整備して復活させることが出来た。

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1回目は黄金色に染まる庄内平野(藤沢文学では海坂平野)が見学できる9月に開催、昨年はヤマザクラを見学するため5月に実施した。ところがこの年は雪が多く肝心のヤマザクラはまだつぼみだった。
今年こそと意気込んだが・・・見ごろをとうに過ぎていた。う〜ん・・・自然との付き合いは難しい。
それでも「忘れな草」「オオバキスミレ」「タニウツギ」「ヤマフジ」「ヤマボウシ」などの花に新緑まばゆい樹林の中を心行くまで満喫することが出来た。
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地蔵の湯で汗を流したあとは花の寺として有名な玉川寺を訪ね満開のクリンソウを愛でることが出来た。 
 
玉川寺(ぎょくせんじ)は通称:花の寺として知られている。
http://www.gyokusenji.or.jp/
また相撲の「出羽の海部屋」もここから始まった。ちょっとビックリ!
 
今はクリンソウが満開のときで大勢の見学者が訪れていた。
今年始めNHKBSプレミアムという番組で某女優が宿坊体験をしていた。
クリンソウをイメージした和菓子とお茶をご馳走になりながら90分ほど静かな時間を堪能することが出来た。
 
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鶴岡の奥座敷と呼ばれる”湯田川温泉”に・・・隼人旅館に宿る。
ここは清河八郎が創った浪士組が”新徴組”となって、新徴組本部として使われた宿としても知られている。
18:00から参加者10名での宴会が始まった。
ご馳走は今が旬の孟宗竹料理のオンパレード・・・実に旨い。
翌朝は5時に起床、ムコ旦那と筍掘りの体験をした。2本掘っただけでギブアップ・・・
 
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9:00過ぎ参加者の車に同乗させて貰い鶴岡ヶ岡城内にある藤沢周平記念館に向かう。
学芸員の方に記念館と藤沢周平氏についてレクチャーして貰い館内を見学する。
駅まで鶴岡市内を歩いているとある方に聞いたことのある古本屋を偶然見つけ早速入ってみる。
するとどうだろう、ネットで探すとかなり高額な値段がついた清河八郎の本がなんと1,000円で売っていた。
それも2冊も置いてあり、早速2冊を購入する。ラッキー
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つれずれなるままにする旅こそ面白い。
こうして広域連携して始まった「回天の道・六十里越街道の旅」第一ステージ
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2012年05月15日

山形新聞2012/05/10

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東北出身の幕末の志士・清河八郎が江戸を目指した「回天の道」を観光に生かそうと、元気・まちネットでは「清河八郎回天の道・六十里越街道広域連携懇談会」を開催してまいりました。

今年、県内の関係市町や団体が連携して4つの旅を計画しています。
第一弾は5/26(土)-27(日)、山伏峠散策からスタートします!

この取り組みが、山形新聞に掲載されましたのでご報告いたします。
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  旅の詳細は、こちらをご覧ください。
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2012年05月02日

「明治維新の魁・幕末の風雲児 清河八郎 回天の道・文学散歩の旅」参加者募集のお知らせ!!

今年は清河八郎没後150年を迎えます。山桜の咲く5月「回天の道・文学散歩の旅/観桜会」を計画しました。皆さんのご参加をお待ちしています。

【日 時】 泊まりコース  5月26日(土)〜27日(日)
             日帰りコース  5月26日(土)

【企 画】 NPO法人 元気・まちネット/東京
【実 施】 株式会社 日本海トラベル
【後 援】 庄内町、庄内町観光協会、清河八郎顕彰会、湯田川温泉隼人旅館、アルゴディア研究会、めでためでた♪花のやまがた観光圏

20120526-27chirasi.jpgA 泊まりコース:お一人様¥14,000
≪1日目≫
9:00清河八郎記念館集合〜歓喜寺〜満願寺〜山伏峠(展望台)〜添川〜玉川寺(拝観料は別料金)〜湯田川温泉(泊)
≪2日目≫
湯田川温泉散策(藤沢周平文学碑、新徴組墓所)〜朝食後解散、またはオプションとして「藤沢周平記念館(見学・セミナー)〜昼食〜解散(14:00頃)」のご用意もあります。(別料金)
◎費用に含まれるもの
宿泊:湯田川温泉:隼人旅館(男女別の相部屋)、食事:朝1回/昼1回/夕1回、交通機関:貸切バス、案内人:同行いたします。


B 日帰りコース:お一人様¥4,300
9:00清河八郎記念館集合〜歓喜寺〜満願寺〜山伏峠(展望台)〜添川(地蔵の湯:休憩)〜清河八郎記念館:16:40解散 ※地蔵の湯では入浴が可能です。(別料金)
◎費用に含まれるもの
昼食代、交通機関:貸切バス、案内人:同行いたします。


【募集人員】 Aコース、Bコースとも20名。定員になり次第締め切らせて頂きます。
【申込み、お問い合わせ】 株式会社日本海トラベル
                   (担当:後藤、電話:0234−43−4312)

pdficon_large.gifパンフレット

幕末の風雲児、清河八郎が江戸に向けて歩いた山形県内の道(庄内〜羽黒山麓〜松根〜田麦俣〜六十里越街道〜西川町〜寒河江〜山形〜上山)約150kmを、4つのステージに分けて一年かけて歩きます。
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詳細は決定次第、NPO法人元気・まちネットのホームページからご案内致します。
ご期待下さい。(総括担当:矢口正武、090−5494−8699)

2012/05/07追記
5/3の山形新聞に、庄内の春の味覚「孟宗」の直売スタートの記事がありました。
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宿泊先の湯田川温泉:隼人旅館さんでも「湯田川孟宗」をご用意下さる予定です。
http://ameblo.jp/hayatoryokan/entry-11237736938.html
お楽しみにo(*^▽^*)o~♪

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2012年03月18日

2012/03/11(日)庄内町

20120311shounai.jpg3/10(土)の元気・まちネット総会&自主公開講座の後、夜行バスで庄内町へ移動、翌11(日)の午前中は、庄内町の清河八郎顕彰会の皆様と来年度の事業についての打ち合わせ、午後からは、清河八郎没後150年顕彰事業/劇団響特別公演「お蓮」を鑑賞させていただきました。

清河八郎の妻「お蓮」さんを取り上げたこの劇は、清川出身の脚本家:柘植徳井(つげ・とくい)さんによるもので、地元の「劇団響」をはじめ、鶴岡市の劇団「表現舎刻一刻」、そして町民のみなさん、総勢約20人が役者をつとめ、10日(土)11日(日)の二日間上演されました。

3時間の長丁場でしたが、役者の皆さんの熱演にぐいぐいと引き込まれ、お蓮さんの真っすぐで凛とした姿に目頭を押さえつつ、時間の長さは全く気になりませんでした。

チケットは全てSOLDOUT、当日は朝早くから良い席を求めて行列ができるほど・・・。両日あわせて1000人以上の方々が鑑賞されたそうです。


image_kyokucho2s.gif以下は、矢口からの報告です。

幕末の志士清河八郎の妻で名は”お蓮”さんという。
 
鶴岡の「うなぎや」で遊女として働いていた「高代」の知的で物静かな姿に惚れ、親の反対を押し切って妻に迎える。
泥中に咲く花”蓮”に例え、名を”お蓮”と改め、仙台で所帯を持って江戸へ上がり文武両道の「清河塾」を開塾、幸せな生活も長くは続かなかった。
 
「桜田門外の変」を受け、文武両道に励むはずだった清河八郎も尊皇攘夷から倒幕へと心が移り変わっていく。
幕府の罠にはまり町人切りの罪で追われる身に・・・
お蓮は清河八郎を逃した罪で小伝馬町の牢屋に入れられ、拷問の末に命を落とす。
 
20120312yamasin.jpg清河八郎没後150年を迎える庄内町清川の響きホールで”お蓮”を観賞した。
途中15分の休憩を挟み3時間にわたる劇も全然長いとは感じなかった。
清河八郎を献身的に支えた”お蓮”さんを地元の市民劇団の役者さんが見事に演じきった。
 
あまりの熱演に不覚にも涙が止まらなかった。
再演が望まれる。


山形新聞にも上演の記事が掲載されていました。

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2012年03月02日

清河八郎回天の道・六十里越街道広域連携懇談会パート2

2/27(月)13:00〜16:00、山形霞城セントラル会議室に於いて、『清河八郎回天の道・六十里越街道広域連携懇談会パート2』を開催、庄内町、鶴岡市、西川町、寒河江市、中山町、山形市、上山市の7市町が広域連携して150kmの歴史街道を4回に分けて、1泊2日の”歩く旅”を企画・実施することが決まりました。

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希しくも、2/25山形新聞社説に”本県から「幕末」を発信”というタイトルでまちネットが取り上げられたばかりでした。余りにもタイミングが良すぎて驚いています。
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2012年03月01日

山形新聞2012/02/25(土)社説

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3/10(土),11(日)に没後150年を記念して妻お蓮の演劇が上演される庄内町清川出身の幕末の志士「清河八郎」。彼を通じて山形県から継続して「幕末」を発信してほしいと、山形新聞の社説に取り上げられました。


山形新聞2012/02/25
pdficon_large.gif社説:清河八郎の妻お蓮描く演劇
本県から「幕末」を発信

 

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2012年02月28日

幕末の志士清河八郎・・・

image_kyokucho2s.gif東北には幕末に活躍した志士は余りにも少ない。

「白河以北はひとやま百文」と言われ続けてきた中でも解るように地政学的に無理な話ではなかったろうかと思われる。
そんな中、山形には清河八郎とおう希代な志士がいたことを改めて知らされた。

西には天誅組と称する尊王攘夷派の武装集団がいた。
藤本鉄石、吉村寅太郎、松本奎堂と3人の総裁がいてその中の藤本鉄石(志士・書画家)が諸国を歴遊中、庄内を訪れ八郎の生家の客人となり長逗留した。

このとき清河八郎は藤本鉄石の影響を色濃く受け、18歳のとき江戸へ向けて出奔する。
先日の山形新聞に大阪府藤井寺に住むKさんという方から「清河八郎を全国区に」という投稿があった。
そのご、私からKさんに連絡をとり意気投合、いわゆるメルトモとして情報交換をさせて頂いている。
5/25(土)付け山形新聞「社説」に”本県から「幕末」を発信”という見出しで「まちネット」のことが取り上げられた。

奇しくも2/27(月)山形駅前にある霞城セントラル内会議室に於いて、「清河八郎回天の道・六十里越街道広域連携懇談会パート2」を開催、庄内から内陸に至る街道約150kmを4回に分けて「文学散歩の道」を企画・実施しようと決めたばかりだった。

2012年度の「元気・まちネット」はまたまた多忙を極めることになるだろう・・・嬉しい限りである。

【元気・まちネット掲示板より転載】

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2012年02月20日

清河八郎没後150年顕彰記念 劇団響特別公演『お蓮』

20120310-11oren.jpg 庄内町清川出身の幕末の志士・清河八郎。維新回天の先駆けとして激動の時代を駆け抜けた清河八郎の没後150年を記念して、八郎を献身的に支え続けた妻「お蓮」にスポットを当てた演劇が、3月10日、11日の両日、庄内町の響ホールで上演されます。
 脚本は清川出身の脚本家:柘植徳井氏、演出は佐藤正一氏(表現舎刻一刻)。
地元庄内町の「劇団響」(阿部利勝代表)をはじめ、鶴岡市の劇団「表現舎刻一刻」、そして町民のみなさん、あわせて約20人が演じます。

icon_l23.gif山形新聞:地域ニュース読み比べ
【庄内】清河八郎の妻「お蓮」の生涯舞台化 響ホールで来月10、11日

【日時】
2012年3月10(土) 開場18:00 公演時間18:30〜21:30
2012年3月11(日) 開場13:00 公演時間13:30〜16:30

庄内町文化創造館「響ホール」
全席自由 一般1,000円 高校生以下500円


【会場・お問合せ・入場券お求め】
庄内町文化創造館「響ホール」
TEL/0234-45-1433 FAX.0234-45-1434
取扱時間/午前9時〜午後10時

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2011年12月12日

2011/12/09「回天の道・六十里越街道広域連携懇談会」

2011210yamasin.jpg12月9日(金)山形市の霞城セントラルで、「回天の道・六十里越街道広域連携懇談会」を開催。その模様が12/10の山形新聞に紹介されました。

庄内と内陸を結ぶ「回天の道・六十里越街道」沿いには魅力ある資源が豊富にあります。
私たち「NPO法人元気・まちネット」は、各自治体のご要望を中立的な立場から精査・検討して皆さんと活発な議論をしながら各地域の“つなぎ役”として、継続して活動・展開出来るメリットを持ち合わせており、広域連携の旗振り役(ファシリテーター)として、その魅力ある地域資源を公平・中立的立場で全国に情報発信出来ると確信します。


今回は、庄内町、鶴岡市、西川町、寒河江市、山形市、上山市、村山市から、市町村や地域づくり団体の関係者など約20名の皆様にご参加いただき、私たちの提案をもとに様々な意見交換を行いました。

pdficon_large.gif(山形新聞2011/12/10)
「回天の道」と六十里越街道テーマ;広域観光可能性探る

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以下、矢口からの報告です。

kaitennomichi.gif『回天の道・六十里越街道の広域連携による観光振興について』と題した懇談会を霞城セントラル23階「高度情報会議室」で元気・まちネット主催で行われた。

幕末の風雲児「清河八郎」は18歳のとき、向学心に燃えて郷里清川(現在庄内町清川)から、山伏峠、羽黒山麓、六十里五街道、西川、寒河江、山形、上山は楢下宿を通り江戸へ向かった。約150kmに及ぶ山道を追っての目を逃れ3日間(1日平均50km)で歩き抜けた。

今は道路も整備され当時の面影が残っているのは多層民家(2軒)がある田麦俣から西川町の志津温泉までの約20kmとなっている。しかし途中には僅かながらも宿場や石橋など当時を彷彿とさせる場所も残っていることから、この街道に沿う7市町(庄内町、鶴岡市、西川町、寒河江市、中山町、山形市、上山市)が行政の目に見えない壁(境界)を越え、広域連携をすることで新たな観光資源の発掘、振興に結びつけられるのではないかと考え、観光課、観光協会の関係者に声をかけさせ集まって頂いた。

20111209kouikirenkei.jpg12月議会で多忙にもかかわらず20名(1市町2名でも14名)の参加者を得ることが出来た。

実は数年前『六十里越街道広域連携プロジェクト協議会』が庄内の鶴ヶ岡城と内陸の山形城を結んで観光振興を目的とした組織が立ち上げられた。
しかし残された「報告書」から当時の経緯を僅かながら伺い知ることが出来るだけとなった。

元気・まちネットはこの報告書を参考にしながら内陸と庄内を結び、新たな観光資源の発掘と、点から線、そして面へと展開して山形の歴史街道の振興策を図ろうと考えている。

2時間30分という長時間にもかかわらず、積極的な意見・提案を頂くことが出来た。
2012年始めからこのプロジェクトの推進役をやってみたいと強く感じた意義ある懇談会であった。

 
posted by c at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 清河八郎
2011年12月05日

広域連携懇談会

image_kyokucho2s.gif日比谷公園の巨木イチョウ(通称:首掛けイチョウ)も色づいたと今朝の毎日新聞は伝えていた。
田舎は紅葉シーズンも終わり、いよいよ冬(雪)に突入する。

週末、ふるさと山形ではまちネットが主導しての懇談会が3つ連続して行われる。
@09日(金):清河八郎/回天の道・六十里越街道広域連携に於ける観光振興について
A10日(土):旧白洲次郎山荘と蔵王を語るミニフォーラム
B11日(日):藤沢周平・司馬遼太郎文学研究会での講演

@は「元気・まちネット」のメンバー(橋田、佐野、大沼、矢口)が山形新聞の同行取材を得て、幕末の志士・清河八郎が18歳のとき、向学心に燃えて江戸へ向かった「山形路約150km)を2回に分けて踏査・検証した。
この山形路には現在4市3町が含まれ、庄内地方(主に酒田市、鶴岡市)と内陸地方(主に山形市、上山市)を結ぶ、重要な交易路としても出羽三山(羽黒山/過去、月山/現在、湯殿山/未来)参詣への道としても利用され、山形県にとっては過去も現在も未来に渡って活用することで発展出来る重要路でもある。

かつて県内では何度かこの「広域連携」を模索して活動を展開したことがあった。
しか〜し、所詮「広域連携」とは名ばかりでいわゆる「総論賛成、各論反対」で終わってしまうのが現状である。
何故なら自治体は担当者は2,3年で移動、首長は4年で交代する。
これでは「広域連携」とか「持続性」は保たれない。

そこを「まちネット」が旗を振って(ファシリテーター役)盛り上げれば「公平・公正」な活動が持続的にできると考え、この「懇談会」を持ちかけた。反応は良く7市町村から17名(あと2,3名も近く出席予定)を越える参加表明があった。

これこそ、地域に眠る資源を掘り起こし新しい展開(イノベーション)を図れば「地域活性化」が可能であると思っている。
要は誰かも言っていたけど「作文をつくる段階をこえ、活動をおこす段階に入っている」と・・・同感である。

【元気・まちネット掲示板より転載】
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2011年10月29日

「月山山麓・回天の道アドベンチャーラン大会」無事終了しました。

20111024yamasin.jpg幕末の志士:清河八郎が、18歳で故郷の庄内町清川を出奔して江戸へ向かったその道を、元気・まちネットでは藤沢周平氏の小説「回天の門」にちなんで「回天の道」と名付け、山道の整備をしてくださった地元庄内町の皆さんとともに文学散歩の旅やシンポジウムを開催し、地域活性化に取り組んできました。
この「回天の道」をコースにした新しいアドベンチャーラン大会が10月23日(日)に開催されました。スタートは山形県庄内町の「清河八郎記念館」。山伏峠を折り返す約20kmのコースで、途中ご当地クイズに答えるなど単にタイムを競うだけではない新しいタイプのアウトドアスポーツで、子どもから大人まで、家族や仲間と一緒に楽しめるように、「個人の部」「駅伝の部」「親子の部」の3部門で開催しました。
当日の様子が山形新聞2011/10/24に掲載されましたので、ご報告いたします。
posted by c at 03:46 | Comment(1) | TrackBack(0) | 清河八郎
2011年10月18日

山形新聞2011/10/06の社説で、清河八郎生誕150年に向けた庄内町の取り組みが取り上げられました。

20111006yamasin.jpg 「元気・まちネット」では、地域の持つ豊かな自然・歴史・文化を活かし、都市と農山漁村の人的交流を即しながら、元気で楽しい住民参加型のまちづくりをお手伝いしています。
 明治維新の魁となった山形県庄内町清川出身の幕末の志士「清河八郎」について学び、様々な視点から考察し再評価すると共に、ふる里のさらなる魅力を引き出していきたいと、これまで庄内町清河の皆さんと協力して行ってきた取り組みについて、山形新聞2011年10月6日の社説に取り上げられました。
posted by c at 21:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 清河八郎
2011年09月20日

2011/10/23「月山山麓・回天の道 アドベンチャーラン大会」開催。

20111022AdventureRun_chirasi_s.jpg清河八郎が18歳で江戸へ向かった「回天の道」。この「回天の道」をコースにした新しいアドベンチャーラン大会が開催されます。
スタートは山形県庄内町の「清河八郎記念館」。山伏峠を折り返す約20キロのコースには、途中、登山やクイズラリー等の要素が盛り込まれ、単にタイムを競うだけではない東北初の新しいタイプのアウトドアスポーツです。
「個人の部」「駅伝の部」「親子の部」の3部門があり、子どもから大人まで、家族や仲間と一緒に楽しめます。
立谷沢の自然のなかで爽やかな汗を流し、色々な人との交流を深めてみませんか?

【開 催 日】 2011年10月23日(日)
【開催場所】 山形県庄内町清川・立谷沢地内(スタート&ゴール:清河八郎記念館)
【受付場所】 歴史の里のやかた(旧清川小学校)
【競技内容/定員】 個人の部(約20キロ)/20名
        駅伝の部(1チーム3名 / 1人約3.5〜11キロ)/10組:30名
        親子の部(1チーム2名 / 約3.5キロ)10組:20名
【参 加 費】 個人の部(¥3,000/人)
        駅伝の部(¥9,000/チーム)、
        親子の部(大人¥2,000/人、子ども¥1,000/人)
【参 加 賞】 オリジナルTシャツ
【表   彰】 各部門3位まで(賞状、メダル、地元特産品)
【参加資格】 個人、駅伝は18歳以上の健康な男女、親子の部は小学校4年生以上
【申込み先】 月山山麓・回天の道 アドベンチャーラン実行委員会
        事務局 立谷沢川流域振興プロジェクト協議会
              〒999−6606庄内町清川字花崎1−1(担当:村上)
              電話:0234−43−0571 Fax0234−43−0572
              Mail:tachipuro4murakami@yahoo.co.jp
【締め切り】参加申し込みは2011年10月5日(水)まで
【参加承認】参加費の入金確認後、郵送でご案内
              (参加申し込みの際、振込先はご連絡いたします。)
【当日のスケジュール】受   付: 7:30〜 8:20
              競技説明: 8:20〜 8:40
              大会挨拶: 8:40〜 8:50
              選手移動: 9:00〜 9:30(駅伝2・3走、親子の部)
              競技開始: 9:30
              表   彰:12:30〜15:30(パーティー含む)
【主 催】 月山山麓・回天の道アドベンチャーラン実行委員会
【共 催】 清河八郎顕彰会、立谷沢川流域振興プロジェクト協議会
【企画立案】NPO法人「元気・まちネット」
【後 援】 庄内町、庄内町観光協会

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2011年08月16日

読売新聞(山形版)に「清河八郎/回天の道」の取り組みが紹介されました。

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読売新聞(山形版)2011年7月9日「みちのく探訪:立川 庄内町」で、『散策ツアーやシンポジウム開催:郷土の幕末志士に脚光』として、「清河八郎/回天の道」の取り組みが紹介されました。

pdficon_small.gif読売新聞(山形版)2011年7月9日『散策ツアーやシンポジウム開催:郷土の幕末志士に脚光』


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2011年06月21日

「清河八郎・回天の道・文学散歩の旅/観桜会」M森さんのフォト・レポートをアップしました。

 元気・まちネット会員のM森さんより、5/7(土)〜8(日)の「清河八郎・回天の道・文学散歩の旅/観桜会」のフォト・レポートをいただきました。「元気・まちネット」ならではの楽しい旅の模様を、美しい写真とともに、どうぞゆっくりとご覧下さい。
 pdficon_small.gifフォト・レポート「春の庄内」

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 今週末の「アルカディア街道I・B倶楽部/第一回研究会の旅」でも、このような楽しい旅が展開されることと思います。乞うご期待!!
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