2014年12月09日

山形新聞2014/11/12

最上川を中心に美しい桜並木づくりを目指す山形新聞・山形放送の8大事業「最上川さくら回廊」。山形新聞2014/11/12「植栽者の願い」の中に、元気・まちネット代表理事:矢口のコメントも掲載されました。

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2014年12月08日

山形新聞2014/11/02

山形新聞・山形放送の8大事業「最上川さくら回廊」において、添川の大森山(月山、鳥海山、庄内平野が一望できる「山伏峠」のピーク)に植樹が行なわれるということで、元気・まちネットも応募、最上川を中心にした美しい桜並木のひとつに「回天の道」も加わる事を願って、植樹させていただきました。(植樹当日のレポートはこちら

当日の模様が、山形新聞に紹介されました。

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Youtubeに動画もアップされています。

枝垂れ桜を植樹させていただきました。
桜の花が咲く季節に、是非訪れてみたいです。

続きを読む
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2014年12月07日

回天の道「山伏峠」(鶴岡市添川「大森山」)に桜の木を植樹

元気・まちネットでは、清河八郎が18歳のとき清川村を出奔し、清川から羽黒山麓を巻き六十里越街道から寒河江、山形を抜け上山まで至る街道(約150km)を“回天の道”と位置付け、2009年2010年の2回に分けて踏査・検証しました。

この度、山形新聞・山形放送の8大事業「最上川さくら回廊」において、添川の大森山(月山、鳥海山、庄内平野が一望できる山伏峠のピーク)に植樹が行なわれるということで、元気・まちネットも応募したところ見事当選!最上川を中心にした美しい桜並木のひとつに「回天の道」も加わる事を願って、植樹させていただきました。

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image815.gif当日の模様や、コメントが山形新聞に取り上げられました。
●当日の模様● 山形新聞2014/11/02
●植樹者のコメント● 山形新聞2014/11/12
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2013年12月06日

山形新聞2013/11/30

11/4(月・祝)にシンポジウムを開催した「清河八郎を学び語る会」(会長は元気・まちネット会員の高橋茂さん)と湯田川温泉観光協会の取り組みが、山形新聞の論説・解説「土曜コラム マルチアングル」で取り上げられました。
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2013年10月21日

山形新聞、庄内日報、読売新聞(山形)2013/10/18

清河八郎と縁の深い庄内の奥座敷「湯田川温泉」。
今年4月、地元有志の方々で歴史を活かし湯田川を盛り上げようと「清河八郎を学び語る会」を結成、11/4(月・祝)にシンポジウムを開催します。主催は「清河八郎を学び語る会」(会長は元気・まちネット会員でもある高橋茂さん)と湯田川温泉観光協会、協力は元気・まちネットです。

当日は山形大学教授:山本陽史先生の基調講演「清河八郎幕末日本をゆく」をはじめ、清河八郎が母を連れて諸国漫遊の旅に出た「西遊草」の道を散策します。イベントの詳細、お申し込みはこちらへ。

10/18(金)には、山形新聞、庄内日報、読売新聞(山形)の3紙に一斉に掲載されました。

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2013年09月26日

朝日新聞(山形)2013/09/01

9月1日の朝日新聞(山形版)に、清河八郎に関する記事が掲載されました。
没後150年を迎えた今年、その人物像に注目が集まっているようです。
記事の後半には、元気・まちネットの取り組みが紹介されています。
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2013年04月23日

清河八郎「回天の道」が掲載!「立谷沢川(たちやざわがわ)流域散策手帖」

image_kyokucho2s.gif幕末の志士清河八郎が生まれ育った山形県清川より観光スポットをまとめた小冊子が発行された。
 
「立谷沢川(たちやざわがわ)流域散策手帖」・・・
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4年前の初版に情報量を増やしバージョンアップされた。
この立谷沢川に流れる出る水は霊峰月山を源として「平成の名水百選」にも選ばれた清流で、最上川に注いでいる。
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清河八郎が江戸に出るため辿った街道を山形新聞の記者さんと見つけ、地元の皆さんと整備し「回天の道」と名付け、毎年「回天の道・文学散歩の旅」として約4kmの古道トレッキングを開催してきた。
こうして地元の小冊子に載ることでこれまでの”苦労”が報われた想いがする。
苦労と書いたがホントは楽しくて仕方なかったのだが・・・(笑)
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「回天の道」とは・・・藤沢周平さんが清河八郎を書いた本のタイトルが「回天も門」から名付けました。

お問い合わせ&お取り寄せ先
≪商工観光課 立谷沢川流域振興係≫ TEL(0234)56-2213
ふれるほどやさしくなる立谷沢川流域」のサイトで詳細が紹介されています。必要な方には郵送していただけるようですので、お電話でお問い合わせしてみてください。image1.gif
タグ:お知らせ
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2013年01月29日

山形新聞2013/01/19:江戸時代の関所再現 庄内・旧清川小跡地に歴史公園構想

image_kyokucho2s.gif7年前は高橋靖一郎さんと、晩夏と一昨年は橋田さんと、5年前、昨年は佐野さんと、「最上川舟下り」(冬はこたつ舟で雪見酒)を満喫しました。
舟下りを終えて車で15分ほど西に進むと最上川に沿って「清川地区」があります。(現在は庄内町清川、合併前は清川村、隣は私の生家のある戸沢村です。笑)
 
庄内町清川は、舟運で栄え、旧くは源義経(最上川乗船)や松尾芭蕉(最上川下船)、また幕末の志士清河八郎の生家、戊辰戦争の戦地として歴史・文化の香りが残る風光明媚な場所です。

清河八郎が好きで調べたり歩いたりしているうちに地元にも大勢の知り合いを得ることが出来、そんな背景もありこともあり、地元の方から歴史の里「清川歴史公園基本構想策定業務」を依頼されました。
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コーディネーターは「元気・まちネット」、構想計画策定は所属していた「椛u環境計画」が役割分担して半年間掛けて昨年12月完成、納品しました。まちネットは金銭授受は無く往復の交通費、宿泊費のみの実費だけでした。
 
NPOの名前や椛uの名前は載っていませんが、1/19(土)の山形新聞にカラーの鳥瞰図入りで大きく掲載されました。
ここまで大きく取り上げられたら庄内町も推進しなければならないでしょう・・・(笑)

やっとNPO法人としての形が出来つつ見えつつあります。会員の皆さんに感謝申し上げます。
 
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2012年12月05日

山形新聞2012/12/03(社説):清河八郎「西遊草の道」歴史生かして地域振興

清河八郎「西遊草の道」、そして元気・まちネットが提案する広域連携の必要性について、山形新聞の社説に取り上げていただきました。
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2012年11月14日

清河八郎 回天の道・文学散歩の旅(第4ステージ: 二日目)

“元司は無事に大網の関所を通り、その夜は田麦俣の笹小屋に泊まると、翌五月三日国境を越えた。二日後の五日の夕方、元司は上ノ山城下の街道沿いの宿(中村屋)の二階から、通りを見下ろしていた。畑田がやってくる日だった。―藤沢周平著「回天の門」の一節より―”
 
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上山温泉の宿に下男の男が八郎を追っ手やってきた。
しかし八郎は清川に戻ることはなかった。
江戸で立派な学者になると下男を説き伏せ一人江戸に向かった。
 
我々もなじみの「はたや旅館」に落ち着き、初日の旅の疲れを癒した。

【2日目:9月30日(日)、上山から楢下宿〜金山峠】 
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09:45 JRかみのやま温泉駅集合、昨日庄内からの参加者が帰ってしまったが、山形市内から近藤さん夫妻が参加してくれて賑わいが増した。上山市観光課の石井課長さんのガイドでまずは湯街温泉街を歩きながら中村や旅館の跡地を見学、下大湯から温泉神社、武家屋敷を巡り地元のご婦人会が旅行客をもてなす紫苑庭でしばしの休憩、「おもてなし」の原点のようなご婦人方の笑顔に疲れも吹っ飛ぶ。
 
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紫苑庭をあとにして上山城へ、今年で築城30年を迎えたとか・・・
天守閣から眺める蔵王連峰と市街地は圧巻だった。階段を下りながら上山の歴史を知る工夫が施されていてもっとゆっくり見たかったが時間の都合上、さら〜っと眺める程度に終わった。残念!
旅館を囲む木製の塀に上山の歴史を描いたのは面白く、真剣に読みたかったのだが、ここも時間の都合上、カメラに収めるのがやっとだった。
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バスに乗り込み、昼食は楢下宿にある「こんにゃく番所」に、一度伺ったことはあるがこんにゃく懐石を楽しめると思うとゾクゾクワクワクする。
まあ、ご覧の通りホンモノかニセモノか、味をみても姿形を見てもそう簡単には見破れそうもない。ホンモノのこんにゃくだからニセモノということはあり得ないのだ。お土産まで頂き、さらに別室で珈琲まで頂いて満足してこんにゃく番所を後にした。
 
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さらにバス移動して、八郎が見つかることを恐れ素通りした楢下宿を見学する。
地元のガイドの遠藤さんに楢下宿の歴史をレクチャーして貰い、大黒屋のいろりを囲みながら当時の生活習慣などについて丁寧に教えて頂いた。
楢下宿から移動して山形県と宮城県の県境にあたる金山峠の一部を歩き、清河八郎が江戸へ出奔したときに思いを馳せ、今回の文学散歩の旅を無事終えることが出来た。
 
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2日間にわたり丁寧に案内して頂いた石井さん、櫻井さんに心より感謝致します。
またお土産まで頂いたこんにゃく番所の丹野社長さん、有難う御座いました。

初日のレポートはこちら。
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2012年10月25日

清河八郎 回天の道・文学散歩の旅(第4ステージ:初日)

清河八郎は向学心に燃えて江戸へ向かうため生家の清川を出奔したのは今から164年前、18歳のときだった。
(藤沢周平著「回天の門」を参照)

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私たちは回天の道と名付け清川から上山楢下宿、金山峠まで約150kmを踏査・検証して「文学散歩の旅」を広域連携した企画を打ち立てた。春には山伏峠を歩き、六十里越街道は来年に持ち越したが、ステージ4を前倒しして実施した。

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【9月29日(土)初日:山形から上山へ】
10:00元県庁だった文翔館を見学して歩き旅はスタートした。
台風の接近で雨が心配されたがどうしてどうして「晴れ男」は健在だった。
七日町通りは旧羽州街道で、現在では蔵を改造したレストランやお土産さんなどが並んでいる。
ちょっと前は今より4倍ほど蔵屋敷が並んでいたらしいが今では数えるくらいしか残っていない。

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御殿堰、西村写真館、紅の蔵などを「山形歴史たてもの研究会」事務局長小林さ和彦さんに詳しく案内して頂きながらじっくり見学することが出来た。
西村写真館は小林さんのご親戚らしく大正10年創業で以来74年に渡りこの地で写真館を続け平成7年に廃業、内外装は当時のまま で今年公開されるに至った。
http://www.retorokan.org/contents/history20120917_b_1.htm

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結構歩いた。6kmも歩いたらしい。
山形の最後は”出羽桜酒造”の工場見学、本店は天童にあるのだが、今回は羽州街道添いにある山形工場を見学させて頂く。
1893年創業ということは今から119年も前の創業ということになる。

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【フルネット社が隔年で出版する「地酒人気銘柄ランキング」において、「桜花吟醸酒(詳しくはこちらのページ)」が吟醸酒部門で 12年連続第1位を獲得しました。「地酒人気銘柄ランキング」は全国の名酒居酒屋100店からの人気投票を集計することにより人気度をランキングしています。 HPより抜粋】
もう仕込みに入っていることだろう。出羽桜が出来るまでを杜氏の井上さんから丁寧な説明を受けることが出来た。
残念なことは試飲が出来なかったこと。う〜ん・・・次回に期待しよう!

出羽桜さんの隣には山形のそばではその名を知られる”三津屋そば”さんで遅い昼食となった。
ここは本店で知人に連れられて2,3度来たことがあった。
いつもはキャッスルホテル前の店に行くのだが、ここの”かしわザル”が好みの味である。

【9月29日(土)初日:茂吉記念館】
そば昼食を終え、一行は車で上山市みゆき公園内にある「斎藤茂吉記念館」を見学する。
私の父は茂吉の弟子結城哀草果が好きで小さい頃ラジオから流れてくる結城哀草果の詩をいつも聞いていた。
茂吉については全くの門外漢で知っていることと言えば、正岡子規に影響を受けて作歌を志すようになったことぐらいか。

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「陸奥をふたわけざまに聳えたまふ 蔵王の山の雲の中にたつ」

この歌碑は蔵王にあったので何とか知っている。
息子の北杜夫の著書はむかし良く読んだ。
 
記念館を出て一行は上山市街を抜け、八郎が泊まったと言われる「中村屋旅館」(今は銀行が建っている)の前を過ぎ、上山駅前に到着した。暑かったー!!
今日の宿はこの「回天の道」やイザベラ・バードの踏査・検証以来、お世話になっている「はたや旅館」さんにお世話になる。
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清河八郎は寒河江の橋本屋旅館からここまで約50kmを追ってを気にしながら逃げて来たのだ。
長くなるので今日はここまで・・・

続きはこちら。
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2012年09月23日

山形新聞2012/09/15:清河八郎の旅、一緒に 上山と山形でツアー

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今度の週末(9/29土、30日)に開催予定の「清河八郎 回天の道・文学散歩の旅:第4ステージ」について、9/15の山形新聞で紹介していただきました。
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今回は、山形〜上山・楢下宿・金山峠までを訪ねます。
日帰り、お泊り、どちらもまだ間に合いますので、どうぞご参加ください。

詳細はこちら→http://genki-machinet-info.sblo.jp/article/58206739.html

 

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2012年09月13日

清河八郎 回天の道・文学散歩の旅 第4ステージ

幕末の志士・清河八郎が、向学心に燃えて生家のある清川を出奔したのは、18歳の時。故郷清川から羽黒山麓を通り、松根から十王峠、大網、田麦俣、六十里越街道、寒河江、山形、上山(楢下宿)を抜け、江戸へと向かいました。

清河八郎の足跡を辿る「清河八郎 回天の道・文学散歩の旅」4回シリーズの最終ステージ、現在、申込みを受付中です。
清河八郎没後150年の今年、山形〜上山楢下宿まで、初秋の歴史街道を、ご自身の足で一度歩いてみませんか?

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開催日:2012年9月29日()、30日(


≪1日目≫
09:45山形駅東口集合(バス移動)七日町水の町屋御殿堰散策〜七日町羽州街道蔵の町〜出羽桜酒造山形工場を見学〜昼食〜茂吉記念館〜かみのやま温泉足湯〜16:00JRかみのやま温泉駅解散(日帰り参加の方)〜はたや旅館泊 

≪2日目≫
09:45 JRかみのやま温泉駅集合〜市内散策(十日町、湯の観音、武家屋敷通り、紫苑庭休憩)〜上山城〜バスで楢下宿(散策、昼食:こんにゃく番所会席料理)〜(バス移動)〜江戸の面影を残す羽州街道の金山峠散策〜バスでJRかみのやま温泉16:00解散
 

A.お泊まりコース (参加費:¥11,000/人) 
    (参加費に含まれるもの) 
        ● 宿   泊 : はたや旅館(男女別の相部屋)
    ● 食   事 : 朝1回、夕1回
    ● 交通機関 : 貸切バス
    ● 案 内 人 : 同行いたします。  
    ※ 昼食代、入館料などは自己負担

B.日帰りコース (参加費:¥3,800/人、両日参加の場合は¥7,300/人) 
    (参加費に含まれるもの)
    ● 交通機関 : 貸切バス
    ● 案 内 人 : 同行いたします。 
    ※ 昼食代、入館料などは自己負担

【募集人員】 Aコース、Bコースとも定員20名。定員になり次第締め切らせて頂きます。

【企   画】 NPO法人 元気・まちネット(東京) 
【実   施】 回天の道上山市実行委員会
【後   援】 上山市・上山市観光物産協会、庄内町・庄内町観光協会清河八郎顕彰会湯田川温泉隼人旅館出羽桜酒造株式会社


【申し込み、お問い合わせ】
回天の道上山市実行委員会(担当 上山市観光課:櫻井)
電話:023−672−1111 FAX:023−672−1112
 
チラシ、申込書はこちら
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2012年09月09日

山形新聞2012/09/05:『取材雑記』心に響く親切心

9/5の山形新聞の「取材雑記」に、8月に実施した「西遊草の旅:踏査・検証」が取り上げられました。

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2012年09月02日

山形新聞2012/08/25〜29:清河八郎「西遊草の道」「元気・まちネット」踏査同行記@〜D

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2012年08月26日

西遊草の旅 踏査・検証ー3

正しい日本の朝食に大満足しているところに山形新聞社さん迎えの車が到着、鼠ヶ関を後にする。
 
昨日ゆっくり見られなかった小国まで移動して自治会長の五十嵐さんに小国宿について話を聞く。
昨日、小国についたとき佐野さんが思わず「大内宿だぁ〜」と声を上げた。
確かにあの福島県にある大内宿の町並みにそっくりである。但し藁葺き屋根の家は一軒も無く、まっすぐ伸びた広い通りと家並みに当時の面影を残すのみであった。
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小国宿を抜け、角間台峠に差し掛かるところにまたもや巨木の杉並木の奥に熊野神社が祀られていた。
3日目の始まりも旅の安全祈願が出来るなんて、今回の踏査・検証は縁起がいいというのかついている。
両側は杉林で鬱蒼としており、暑さから逃れることが出来てまっすぐに伸びる急坂(角間台峠)もすいすい登れた。
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涼しかったお陰でなんなく頂上にたどり着くことが出来た。
頂上からは日本国(標高差555m)が眺望することも出来た。
下りは本当に気分よく降りること出来た。鼠ヶ関川を流れる清流を見ながら小名部(おなべ)集落に到着、昼ご飯をと店を探すがどこにも見あたらず、結局車で海側に位置する温海駅まで戻ることに・・・
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昼食を終え小、再び小名部集落に戻り、山形県と新潟県境の堀切峠に入る。
山形県と新潟県の境界に位置する日本国(標高555m)入り口を西右手に見ながら安心して進んだつもりが、まむしに出会うわアブの大群、よりによって僕だけに集中攻撃を仕掛けてきたのでたまったものではない。
登りも下りも約2km、計4kmを歩き、今回の旅の目的地小俣集落(新潟県)に到着した。
この集落は小俣宿と呼ばれ、各家家の玄関先にはそれぞれの屋号が同じ大きさの板に彫られ当時の面影を色濃く残していた。「吉佐ェ門」という屋号の家に清河八郎母子は泊まったのである。
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「治右ェ門」という屋号の玄関に佇むおじいさんが手招きして我々を呼んでくれている。
訪ねると「旅のみやげだ」と言っておじいさん手作りの竹とんぼをたくさんくれた。こんな出会いも手作りの旅ならではのことで心底嬉しい。
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今日の距離約12km、2つの峠超えも楽しく越えることが出来、今回の「西遊草の旅」は無事終了した。
山形新聞の伊藤さん、色摩さん、佐藤ロッジの佐藤さんご夫妻、同行してくれた高橋茂さん、佐野さんに感謝したい。

 
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2012年08月24日

西遊草の旅 踏査・検証ー2

image_kyokucho2s.gif初日は暑さにやられた。
足の方はなんとも無かったのだが昨日は木陰が無かったこともあり、あの暑さにしてやられた。

”行衛と早人の家人に見送られ湯田川を出立した”と西遊草にはあるが、この行衛とは現大黒屋旅館(今は営業はしていない)、早人は隼人旅館を指している。
大黒屋さんに取材を試みるも出かけているらしく留守だったが、我々は隼人旅館の皆さんに見送って貰い、今日から旅に合流した会員の高橋茂さんを加え、湯田川を後にして温泉の外れに位置する熊野神社に安全祈願を詣でる。
今日も暑くなりそうだ。
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いきなり1kmも続く急坂(大日坂)の登りに入ると、流れるように汗が噴き出す。
一気に300m位は登っただろうか、人工林の杉林に加えサワグルミの巨木が目立つ。
登ったあとは当然下りに入るのだが下からはフィトンチッド一杯の涼風が吹き上げてきて登りの疲れも吹き飛んでしまう。
冬に使うのだろうか杉の間伐材がストーブにくべるちょうどの大きさに伐られ、まるで現代アートのように道路脇に綺麗に積まれていた。

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田川の町を抜け千仏洞窟、梅林寺を見学、この千仏洞窟に登る階段は苔で足元が滑り、手すりがなかったら登れる階段ではない。
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数十段の階段をやっとのおもいで上りきると大きな岩をくり抜いた洞窟があり、中には10cm位の大きさの石仏がろうそくの炎に揺らいで見えた。清河八郎もここで旅の安全祈願でもしたのだろうか。
国道345号線をひたすら鬼坂峠を目指し歩き続ける。木陰もなく汗が滝のように流れ落ちる。
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国道からそれ坂野下集落に向かう途中「中野の梅」と書いた看板と梅の木に出会う。
約900年前八幡太郎義家の時代まで遡る。庄内地方に梅が移入されたのはこの頃であると伝えていた。
いよいよ今回の旅のハイライトというか難所の鬼坂峠に入る。
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登りの道は整備されていて直登だが歩きやすかった。安政二年のころはどうだったのだろうか、40歳の母はこの坂をどうやって登ったのだろうか、出来ることなら聞いて見たいものだ。2kmほど登ったろうかやっとのことで頂上にたどり着く。
鬼坂峠の地蔵堂が10段ほど登ったところに鳥居があり、その奥に地蔵堂跡地を示す碑があった。
本来ならばこのあたりに2軒の茶店があったのだがその面影は到底想像出来ない。

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ここからの下りはそれこそアドベンチャーものでクマザサやミズ、クズのツルが生い茂り太めの杉の枝で払いながらおりるのだが、途中崖崩れでコナラの樹木が3ほど根こそぎ倒れ、その間を抜けるのに一苦労させられた。

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1kmほど下ったところに「ロッジ佐藤」が現れ道に迷わず降りてこれたことにホッとする。
我々の声にロッジの奥さんと旦那さんが迎えてくれて、手作りのシソの葉ジュースを頂くことが出来た。
ちょっと酸味のあるジュースの旨さったらなかった。生き返るということはこういうことを言うのかも知れない。
ちょうどこのころ山形新聞の伊藤さん、カメラマンの色摩さんは携帯が繋がらないことで”すわっ遭難?”と思ったらしく携帯の繋がる国道を行ったり来たりしていたらしい。
このあとにに控える楠峠(通称:フンナ坂)は距離も高さもあったが舗装された道で鬼坂峠に比べればどうということはなかった。

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小国集落まで車で移動し、まち並を見るだけにとどめ今日の宿である鼠ヶ関(ねずがせき)「民宿丸武」に向かった。
総距離約30km、良く歩いた。
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民宿丸武さんは昔トライスロンで訪れていたころ世話になったところで、ここでの夕食は超・超抜群でとにかく大笑いするしかなかった。

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2012年08月22日

西遊草の旅 踏査・検証ー1

image_kyokucho2s.gif<プロローグ>
”西遊草”とは、幕末の志士:清河八郎(山形県庄内の郷士、当時25歳)が、母亀代(当時40歳)の老後の楽しみと弟や妹の旅の栞になればとの思いで、今から157年前の安政二年(1855年)伊勢参りをしたときに書いた旅日記で、生家のある山形県庄内町清川から余目、藤島、鶴岡、湯田川温泉、温海から新潟県に入り、長野善光寺、伊勢、奈良、京都、大阪、広島、高松(金比羅)、厳島、岩国(錦帯橋)、岡山(備前)、鞆の浦、京都、天橋立、三井寺、江戸、日光、米沢、尾花沢、清水を通り、舟で生家の清川まで約半年の旅である。
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<初日:8月15日(水)>
am9:30湯田川温泉隼人旅館の庄司さん、佐野さん、矢口の他、同行取材をしてくれることになった山形新聞鶴岡支社長の伊藤さん、カメラマンの色摩さんと合流、清河神社に旅の安全祈願をして山形路の庄内側ルート約75kmの踏査・検証に出発した。清河神社では宮司の正木さんが、また生家跡の駐車場ではお祭りの準備に忙しい清河八郎顕彰会のメンバーに見送りをして頂いた。
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10:00生家をスタートしてまずは田谷村(現庄内町田谷)を目指す。途中、背中に掲げた「清河八郎西遊草踏査・検証の旅」の旗を見た方が声小を掛けてくれたので立ち話をしてみると何と清河八郎家に連なる親戚の方で名前はKさんと言った。齋藤家が遺した遺品があるので見せて頂くことになった。こういう人との出会いこそ旅の醍醐味である。
西遊草には田谷村の”渡部作右衛門と一杯をかたむく”としたためてあったので取材を試みる。
渡部氏とは、長谷川家(現山形銀行に連なる)、言わずと知れた本間家と並び称された富豪で羽黒山に植えられた約1,000本の田谷杉(樹齢200年)は渡部氏の寄進だったとか・・・

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田谷を後にして鶴岡市内にある八郎の母の姉(政)の生家を訪ねる。
末裔は現在三井病院を経営する方でお話を聞くことが出来たが、八郎につながるものは見いだせなかった。しかし今に続く名家で蔵座敷なるものを見せて頂いた。柱、梁は全てケヤキでその太さには圧倒された。
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また”三井きよの”さんが書いた道中日記の貴重な原本も見せて頂いた。
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初日の踏査・検証は思いがけない成果をあげることが出来た。
八郎は母の実家に宿を取ったが我々は湯田川温泉の隼人旅館にお世話になった。
清川から湯田川までの距離約33km、明日はいよいよ鬼坂峠超えとなる。
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posted by c at 03:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 清河八郎

2012年08月07日

回天の道・月山山麓アドベンチャーラン大会参加者募集!

20121013chirasi.jpg山形県の北西部、酒田市と鶴岡市に挟まれ、最上川の河口近くに庄内町があります。
この地は源義経、松尾芭蕉も立ち寄ったところとして知られており、幕末の志士清河八郎の生家もあります。霊峰月山より流れ出る清流立谷沢川、最上川は風光明媚なところです。

庄内町(清川)が生んだ明治維新の魁:清河八郎は、風雲急を告げる幕末の動きに目覚め、故郷清川を出奔する決意を固め、1847(弘化4)年5月、数え18歳にして江戸へと旅立ちました。

元気・まちネットでは、この道を「回天の道」と名付け山形路180kmを踏査・検証を行いました。山伏峠までの古道は地元の皆さんの協力で発掘・整備され、2010年からは回天の道文学散歩を企画・実施しています。

今年、その古道を活用して、東北では初の山岳アドベンチャーラン大会を企画・実施することになりました。

清河八郎は18歳のとき、一日で約60〜70kmも歩き江戸へ向かいました。
また、江戸では当時の最高学府に学び、北辰一刀流千葉周作道場で免許皆伝を取得、25歳にして文武指南の清河塾を開きました。
文武両道、まさに現代でいうところのスーパーアスリートだったのです。

さあ!幕末の志士:清河八郎に想いを馳せ、体力・気力・知力を駆使し、この山道を含む立谷沢一帯をアドベンチャーしましょう!!

■ 開催期日:平成24年10月13日(土)
■ 開催時間:午前9時30分受付開始、競技スタート11時
■ 申し込み締め切り:平成24年9月20日(木)

■ 申し込み、問い合わせ先:清河八郎記念館
  住所:山形県東田川郡庄内町清川字花崎37番地
  電話:0234−57−2104(FAX兼用)
  E―mail:
komasa@jan.ne.jp
■ メールで問い合わせの際はファイル添付はしないでください。件名に「回天の道について」と表記お願いします。

※ 親子の部門は距離約7km、標高差は約177mあります。
※ 個人、駅伝部門は距離約25.7km標高差は約310mあります。
※ 清河八郎や庄内町に関するクイズの回答も時間に影響する大会です。
  申し込み頂いた後にお送りする資料から出題されます。

▼ 大会の要項はちらしを参考にしてください。お問い合わせ頂ければ詳しい資料をお送りします。ご参加をお待ちしております。

pdficon_large.gif 大会ちらし

詳細は、清河八郎顕彰会のブログをご覧ください。

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