2012年07月18日

金山シンポジウムの報告(その2)

 夕べの雨も上がりシンポジウムは問題なく出来そうだ。
温泉に入り夕べ体内にしこたま取り込んだアルコールを全て流す。  

【7/14(土):シンポジウム当日】 
7:00朝食、パネラーのSさん、S嬢(女史)もちょっと緊張気味?・・・(笑)
10:00ホテルの車で会場(町民ホール)入り、応接室でパネラーが自己紹介しながら今日のディスカッションについて軽く打ち合わせをする。クマジィも最初の時は大いに緊張したがいつの間にか本来の図々しさが戻ってきて今では楽しくってしようがない。こんな時は地のままで行くと”腹をくくる”しかないのだ。

会場の受付は参加者でごった返している。思ったよりいい出足だ。
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町職員Sさんの挨拶でいよいよシンポジウムは開幕した。
鈴木町長挨拶の前にいきなり開会挨拶のご指名が入る。聞いてないよ!
町長の「街並み景観づくり100年構想」の話は実に素晴らしい取り組みと感じ入った次第である。
何せ行政で100年の長期に渡ったまちづくりを行うなど考えられない。
首長替われば施策は変わるのは当たり前の話であって、大切な税金の使い道など考えてない行政の何と多いことか。  

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13:00いよいよ今日のメインゲスト池内紀(おさむ)氏の基調講演である。
著書「何故かいい町、一泊旅行」を手に取ったときから今日の出番は先生しかないと心に決めて失礼を顧みず口説き落としたのだ。「日本の町 ドイツの町」と題して”木組みのまち”というところに焦点をあててユーモアを交えながら90分間、楽しくも含蓄のある話をしてくれた。「金山の町 ドイツの町」でも良かったのではないかと思うぐらい金山町にとってはいい話であったように思えた。 

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10分間の休憩ののちパネルディスカッションが始まった。
コーディネーターは図々しくも不肖クマジィが受け持ち、パネラーは「”イザベラ・バードの山形路”を著した渋谷光夫山形大学教授でアルカディア街道I・B倶楽部副会長」、「”蔵の会”でおもてなしを続け、街の案内役も務める地元の阿部一代氏」、「”バードが愛した金山の町”をリポートし、スローフードを提唱するライターの朝倉かおり氏」、「山形の歴史街道800kmを踏査・検証、今や山形の歴史を知り尽くした感のある佐野千晶氏」の5名が会場の参加者と掛け合いをしながら90分楽しくお喋りすることが出来た。・・・と思っているのだが??・・・

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「蔵し館」に場所を移して17:30から19:00まで、50名を越える参加者の交流会が行われた。
シンポジウム参加者140名、交流会参加者50名という何とも盛大なシンポジウム初日だった。
19:00終了ではまだまだ飲み足らない参加者は友人の奥さんが経営する”一福や”で夜の更けるまで飲み明かしたことは言うまでもない。

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